2008年4月19日
普段の仕事とは別に、経営者には刺激を受ける機会が山のようにある。
今週は月曜日から関東方面に出張していて、中々お会いできない遠方のお客様や協力会社にご挨拶してきた。
当社の協力会社やクライアントにはベンチャーも多い。本当に限られた経営資源の中でお互いもがきながら、ビジネスをマッチさせていく。ヒトもカネもモノも情報も時間も、全然持っていない。驚くほど大胆にヨソの経営資源を当てにした生命力の強さみたいなものは、ベンチャーならで面白さを感じる。
うちはバランス型だけど、経営資源はちょっとは持っている。でもどれも充分ではない。ものたりない。だから、一点突破型の経営者はちょっと羨ましくなったりもする。
営業が得意で、良いお金を取れるお客さんも自分についてくる人も持っているのに、全然お金持ってないタイプや、借入が得意で思いっきり財務レバレッジ効かせて勝負しまくるタイプや、大量の人抱えているのにカネもなく、仕事があまり取れなくなっていってエライ事になっているタイプ。何十年も基盤を作って経営資源たくさん持っているのにさっぱりお客さんを作りに行かないタイプ。
どんなタイプの経営者もその従業員も一生懸命やっているのは見てわかる。強みを活かした何かがきっと出来るだろうになぁとも思う。
私は、経営は投資と表裏一体だと思う。証券出身だからそういった視点からは抜けられない。コーポレートファイナンスがインベストメントと一対なのと似たような感じだ。投資相談を受けていた時も、信用で思いっきりやっちゃいけないよ・・と言っていたのと同じように、思い切ったリスクをとって勝負する事はあまり無い。
だからこそ、とんでもなくデカイ取引があるわけでも優良な顧客やスポンサーがいるわけでも、借金でクビが回らないわけでも、募集したスタッフが食えずに路頭に迷うわけでもないのだが、一点突破型のギラギラした経営者に会うとちょっと羨ましかったりもするのだ。
今期はもう決算期が近いので、刈り取り期に入らないといけないのだけど、来期はもう少し勝負してみてもいいかなと思う。今年は「体制体制」といい続けて、それなりに形が出来てきた。新規のお客さんも増えてきた。
蒔いた種から、面白い話がたくさんあって、羨ましくて、あまり我慢していたくない気持ちが沸いてきて。
「経営者はリスクをとるもの。」
今日、ちょこっと話を聞いた税理士さんが話していた。
そうなんだよね。経営者ってリスクをとりたくなるイキモノなんだ。
久しぶりにもう少しだけ攻めてみようかな。
2008年4月13日
リスクという言葉は浸透してきた。
しかし、リスクを「ゼロにしたい」「できるなら避けたい」としたら、それはとても残念な事だ。私にはそれは「仕事をしたくない」「何も挑戦したくない」というのと同じ響きに聞こえるからだ。
そして、想定しうるリスクが実際に発生したとする。その頻度についてもインパクトについても当然想定済みの事だ。
しかし、実際には適切な監査や改善を考えもしなかった甘い汁だけを吸っている外野が突然口を出してきて、糾弾し、責任転嫁し、排除する。声高に「リスクをゼロにしろ」と叫ぶ。そして、「プランは最高だった。オペレータが無能だった。」という最初から準備された結論を口にし、改善すべき全てのものから目を逸らす。
品質は大切だ。
防げるトラブルは未然に防ぎたい。
しかし、経営資源は有限で、時間はそれ以上に有限だ。
たとえば、全ての工程をカバーする、完璧にイレギュラーケースを想定しつくした手順書が完成したとする。しかし、読み込むのに1週間かかるとして、その手順書を1時間の作業に用いるのは適切か?トラブルを起こした際に、「手順書に従わなかったから」という原因判断は正しいか?
たとえば、完璧に作業を理解するためには1年の研修を要する作業だとする。たった一日の作業のために、下請企業負担や作業者負担で研修を必須と強制するのはまともな企業のすることか?
そして、そこまでやったとしてもリスクはゼロにはならない。あたりまえだ。
プランは完璧だったといわれ、切られるオペレータは報われない。
平気でこんな事を要求するリスク管理者がいたとしたら、その人の下では仕事が成立しない。
だから平時仲良くしているお客様相手でも、契約時にはリスクの確認はするし、それはその会社を信用していないわけでも、いちゃもんをつけたいわけでもない。リスク管理の問題は、何か起こるまで水面下に潜む事が多く、なるべく目をつぶりたいと考えがちな問題だから、取引に際に提起するのは自然な事なのだ。
そして、何よりも問題なのは、そういう「プランは完璧だった」というリスク管理者からはけして実情が経営まであがる事が無いという事だ。これは、経営者からすると何よりも恐ろしい。現状から目を逸らすリスク管理者の下でマネジメントが回っている事などありえないからだ。
外野で、何か起こると実情も知らず大騒ぎする人は必ずいる。そういう人は大抵責任も取らないし、カネも出さないし、時間を使う事も無い。ただ大声を出す。時々重要なポジションにいたりもする。
しかし、そういう人に配慮?して、現実から目を逸らし、カンペキでしたという管理者がいたら、経営者からオペレータまで全ての関係者にとって不幸だ。大声を出した外野だけがヨシヨシといっていても仕方ない。大企業なら幹部がテレビの前で頭を下げる日も遠くないだろう。
仕事をする以上、リスクは発生する。どれほど酷い現実でも正面から見つめて、対策を考える。
それがリスクマネジメントだ。
2008年4月8日
いやぁ。久しぶりに熱くなる本読みました。
新しい本じゃないのだけど。
「V字回復の経営」
経営者なら絶対誰でもグッとくる内容だと思います。
特に、私のような「コンサルみたいに外部の人間にウチの何が分るってんでぃ。」というタイプの経営者の方でも、考え方の切り口や人の気持ちの持っていきかたに、必ず考えさせられると思う。
2008年4月3日
WIN-WINという言葉は最近良く聞くようになってきた。
取引する相手もそう思ってくれていれば、本当に心強いし誠意を持ってお互い対応できる。一見ゼロサムゲームのような交渉の場所でも、もう一つ何かの要素を加えればお互いのメリットになる形というのが存在する事は多い。価格一点のゼロサム交渉なんて営業の立場という形に限ってみたって視野が狭すぎる。支払サイトだっていいし、サービス期間だってサービサーの経験度合いだって、お互いにメリットのある形に持っていく方法なんてきっと山ほどある。
そしてもう一つ。最近、コヴィーの「7つの習慣」が浸透してきたのか、「WIN-WIN or No Deal」を目指す人が多くなった気がする。お互いにメリットのでる取引条件でなければすり合わせず、取引しない事とに合意する。というスタンス。
確かに取引しないというカードを持っていることは交渉上とても強い。しかし一回限りの取引でもない限りは、No Dealは実行性のない切り札に過ぎない。というか、あまりちらつかせて上手く交渉が進むハズがない。
しかし、どう考えても初回の取引で一方的に不利だな・・とか、連続して不利な条件が続くなと感じた時は、No dealは当然ありうる。と、いうよりも、相手にNo Dealの選択肢が無いと思っているのは、ちょっと取引する相手としてどうなんだろうと思ってしまう。合意に達してから条件をガンガン変えてくるのもそういうタイプ。
しかし、「Do Deal!」と声高に叫ぶのも、チラチラと見せて交渉の具にするのもやはり誠意ある態度とは思えない。
そんなときは、にっこり笑って「仕切りなおししましょうか?」と提案してみる。
取引は多少不利になっていたって、次につながるなら今回譲るのは全然構わない。成立させた方が良いに決まっていると思う。
2008年4月3日
コミュニケーション系の育成は、ヒューマンスキルの土台になるだけに早期に、その人に合わせた方式で行わなければならない。
誰かの特性を伸ばしたいと思う時、交流分析を行ってコーチングしていくのが私自身のスタイルであるけれど、最近はその分析手法やフレームワーク(考え方の枠組)も一緒に説明するようにしている。
なぜなら、本人が一番本人の特性を知っているのであり、考え方さえ学ぶ事ができたら自分で方向付けていく事が、一番の近道になるからだ。
と、云う事で、今日のテーマはエゴグラム。
まずは自分の性格を知ってどんな特徴があるのかを把握する。
CP(批判的な親心:家父長的)
NP(養育的親心:母親的)
A(合理的な大人の心)
FC(無邪気な子供の心)
AC(順応した子供の心)
という5つの要素から自分の性格を考えてみる。
どんなタイプになっても、これだから良い・悪い、という事ではもちろん無い。まずは何より、自分の性格を客観的に見てみるという行為そのものがコミュニケーション能力を育成する上で欠かせないのだ。
カタく考えても一歩も進まないので、このサイトから試してみて欲しい。きっと、ほーとか、なるほど、とか色々思い当たる事があるハズだ。